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2013

11/03

Sun.

同志社の歴史的転換と新システム③ 

同志社の歴史的転換と新システム③

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同志社スポーツアトム編集局が選手のインタビューを毎試合レポートしてくれています。インタビュアーの能力に左右される部分はあるのですが、ここ数年は徐々に話の内容が具体的になってきていることにお気付きでしょうか。「同志社らしく・・・」などの抽象的な表現が消え、特に今年の場合は各選手が各ポジション、自分のやるべき仕事を具体的に把握しており、そのために実際のゲームでの課題を個別に、また全体の視野を持って捉えられている様子が伝わってきます。

同志社展開スタイルをトライで実現するプロジェクトに対し、ポジション毎の役割りを忠実に果たすことに加え、個々の特長ある能力をプロジェクトでどう活かすか。一般社会のプロジェクトだとメンバーは期間中、日常生活を含めてワクワクする時間を過ごします。同志社アトムのインタビュー記事からはそのワクワク感が伝わってくるようで、同志社に生まれつつある自主性の証明のように私には見えます。

今回のテーマは「同志社の歴史的転換」です。歴史的転換ですから転換点の前後で劇的な変化があるはずでして、アフターは前回までにご説明申し上げた同志社です。自然発生的な強化システムの存在を感じさせる現在の同志社ですね。ではビフォーの姿はどうしょう。それについてはこの30年、自分なりに感じ取ってきた同志社の歴史を振り返りながらご説明します。



今年はどんなラグビーで行くのか。ラグビースタイルの選択と決定ですね。メンバーの好みと能力、やりたいラグビーとできるラグビーの総合判断で今年のラグビーを導く。おそらく、ラグビーの醍醐味のひとつだと想像します。本来は実際にゲームを楽しみ人たちが一から考え、シーズンに向けて構築するものだと思います。

ただ、基礎プレーの習得時期にある高校生にスタイルの決定は難しそうです。だから、高校ラグビーでは顧問や監督の考えが反映される傾向が強そうです。また、勝利至上主義が当然のトップリーグでは柱となるスタイルがまずあって、個人の能力をそのスタイルにどう活かすかが分析、議論、調整されそうですね。一年は長そうでアッと言う間ですから、一からのスタイル構築は現実問題大きな負担となり勝利至上主義からは不合理です。

少し大袈裟に表現にですがこのラグビースタイルの決定権、学生主導が不文律の理想であった同志社では学生の権利として担保されてきました。そのことは、「こうしたらどうやとは言われるが、こうしろとは言われない」や「同志社では練習メニューまで学生が作っている」などの過去のインタビュー記事から覗えます。

もはや死語ですが以前は伝統的に、早稲田の横の揺さぶり、明治の縦と言われてきました。当時は同志社が関西で唯一彼らと対峙できる関西の雄でしたので、マスコミ誌上で「同志社のスタイルは何か?」が時々話題に上りました。岡先生はその都度、「スタイルのないのが同志社」と応えておられたように思います。ちなみに、同志社を表現した言葉に「自由奔放」がありますが、この辺りが語源になったのかも知れませんね。学生を型にはめることを嫌う、当時の同志社一流のポリシーでした。


ラグビーは学生のものだから、学生がスタイルを考えて決めるのは当然だろう。自分で決めた以上は努力するのが筋だが、その部分も学生に自主性に懸ける。どのようなものであっても結果を引き取るのは学生であって、学生は過程と結果から何かを学んでほしい。

このポリシーをだいたいこのように解釈しています。ラグビーですからこの態度は当たり前だろうと思うですが、現実の大学選手権の覇権争いの中では当時も珍しかったように記憶しています。ラグビーのアマチュアリズムの良さ、それを最大限学生のために活かそうとしたのが同志社だったのでしょうね。それを理想への挑戦と捉えるか、現実軽視の理想家と捉えるかは各立場で勝手に判断すればいいことです。大切なのは、同志社の学生主導に確かな志があったということですね。また、理想と現実は概ね相反するものですが、全盛期の短期間とはいえ、理想が現実の成果を導き出した、理想と現実が一致した時代があったことを特筆しておかなければなりません。


ただ、ラグビー界の変化により、この理想の追求は徐々に困難なものとなります。他のスポーツと比べてアマチュアリズムへのこだわりが強かったラグビー界ですが、1990年代辺りからプロ化への流れが始まります。IRBのプロ化宣言が1995年ですがワールドカップは1987年からスタートしており、ラグビーのプロ化、グローバル化の流れは既に決まっていました。プロは究極の勝利至上主義集団です。世界のラグビー界は飛躍的な競技能力向上の競争時代に入りました。

日本代表の競技能力が世界から大きく離されたのがこの時期です。その危機感を背景に日本でも2003年にジャパン・トップリーグが始まりました。当時の学生ラグビー界に目を向けますと、1997年から関東学院の全盛期が始まっています。その前年まで全盛を誇った明治はその後、徐々に選手権では勝てなくなります。豊富な資金投資を思わせる関東学院の台頭とその後の明治の低迷には、一時代の終焉と新時代の開幕を感じさせられます。優秀な高校生を集めれば勝てる時代の終焉、そこに資金投下がなければ高勝率の維持が難しくなる時代の開幕です。


旧時代を先駆けた同志社でしたが、新時代では先駆けとなりませんでした。そんな中でも部は存続を続け、理想を抱えながら勝つことも求められました。しかし、フルタイム・コーチングの必要性が説かれた時代です。徐々に勝率は低下し続けました。「勝つだけがラグビーじゃない」が口にされ始めたのがこの時期でしょうか。否定できない真理を表していると同時に、安易に使えば弱体化の方便にもなる言葉ですね。、かつては同志社の金看板であった学生主導ですが、皮肉にもその金看板が勝率維持の重荷になりかねない状況を、ラグビー界の環境変化が同志社にもたらしました。


気の毒だったのは大西主将時代以後の2年間、特に2年目ですね。私が田辺にお邪魔するようになったのがこの年ですが、学生主導が孤立化しているような印象を受けました。このような表現は批判を受けるかも知れませんが、壮大な完全学生主導の実験がラグビー部崩壊の危機をもたらしたような印象を持ちました。

自信があり、実際に強かった大西主将時でも国立準決勝では関東学院に敗れました。私など能天気なファンは水間・大西2代の強化でそれなりに満足でしたが、残ったAチームメンバーはショックだったろうと想像します。フルタイム監督の必要性が説かれ、実際に他校は成果をあげていた時代です。自分たちは当然勝ちたいし、周囲からは勝てと言われるものの、完全学生主導に限界があることは自分たちが一番よく分かっている。あの2年間、学生が迷走したイメージですが、社会経験の乏しい学生が孤立感を深め、出口を見失った結果の行動に見えなくもありません。当時の学生が100%悪いとするのは問題の本質を見誤る態度のように思えます。


同志社崩壊の危機を救われたのは中尾元監督でした。当時、学生主導が理想からかけ離れ、学生勝手になっていたところに管理を導入し、生活面での自由を制限されました。また、同志社初のフルタイムコーチです。練習指導権を学生からコーチに移行され、「同志社は練習メニューまで学生が考えている状態ですから・・・」の状態は解消されたと思います。もちろん、中尾さんおひとりが頑張られたわけではなく、当時は中尾さんを中心にして、同志社立て直しの気運が高まった時期だったように記憶します。寮の建設やグラウンドの人工芝化など、成果の陰には多くの方々の貢献がありましたし、ファンクラブの果たした役割りも大きかったと思います。

練習と自己管理の一部を学生主導から監督側に移行された中尾監督でしたが、ラグビースタイルの決定権は学生主導に残されました。中尾監督期の後期は分かりませんが、少なくとも前期は戦術面に口出しをされなかったと聞いています。学生を全面的に管理下に置くのではなく、ラグビーを造る醍醐味の部分に自主性を残されたということですね。急激な全面的管理は学生に受け容れ難いことでしょうし、ご存命であった岡先生の影響力も想像されますが、この判断は中尾監督の信条に基づくものだと思います。

全体をAスコッド、Bスコッドに分け、基礎練習の徹底を図られました。コーチングに飢えていた前半期のメンバーには、むしろそれが新鮮だったのでしょう。有能な選手を多数擁したこともあり、方針は好循環、好結果につながりました。ただ、後半期はその方針がマンネリを招いたでしょうか。さまざまな要因が組み合わさっての結果だと思いますが、最終的には関西でも勝率が下がり始めました。

結果が出ている間はいいですが、勝てなくなると同志社の場合、指導者への風当たりが学生以外からもきつくなりそうです。基礎練習の繰り返しや生活管理への不満が学生のみならず、周辺からも顕在化したかも知れませんね。後半期は年々監督が孤独感を深められるようで、気がかりでした。責任者なので強い風当たりは当然のこと。正論なのは重々承知ですが、完全学生主導末期の学生たちといい、中尾監督機期の末期といい、同志社ではどうして、真ん中にいる人間が孤立化する印象があるのか。どこか体質的めいたものを感じて、当時は良い気分ではありませんでした。

中尾監督期に学生の気質が劇的に変化したことが、その後の同志社を強く下支えしています。宮本前監督や山神監督、他のOBの方とお話させていただいく機会に恵まれる際、誰もが口を揃えて仰るのが「今の学生は本当に真面目で、よく練習する」ということです。時には「真面目すぎると思うくらい」と表現されることもあります。同志社崩壊の危機にあったころを思うと、学生の気質どころではなく、部の文化が変わった気がします。先日の関学戦では先方の選手のヤンチャぶりが目立ちました。当時の同志社のゲームマナーは非常に挑発的で、あの比ではなかったと思います。


中尾監督の後、宮本監督が1つのラグビースタイルを同志社に導入されることになります。おそらくこの「1つのラグビースタイルの導入」については議論を経ていないのでしょうね。完全学生主導理想との軋轢を見ることなくスムーズに移行、山神監督期に入った今年は自然発生的な強化システムが同志社に生まれ、学生の自発的な部内競争を導く成功を収めています。この一連の流れを学生主導の歴史で捉えますと、中尾監督期に完全学生主導の一角が崩れ、宮本監督が残りの柱、ラグビースタイルの決定権を取り外されたことで、完全学生主導が崩壊したように見えます。

見事な、まるで魔法のような様変わりですがそれはそれとして、あれほどこだわった学生主導の理想はどこへ行ったのでしょう。誰も何も言わないので、端からそんなものはなかったかのようです。今の状況に眉をひそめる人はいないのでしょうか。何の総括も聞かれないのは、少なからず違和感に近い寂しさを覚えます。


時代は中尾監督期の前期からさらに進んで、栄養管理を含めた科学的トレーニングによる競技能力向上が、高勝率維持の前提時代に入りました。かつての完全学生主導や中尾監督期の一部学生主導に戻ることは、大学選手権制覇はもちろん、国立進出をも放棄することに近いことだと思います。もちろん、それらの考え方はが悪いのではありません。むしろ、ラグビーを楽しむ人間にとっては当然の考え方だと思いますし、同志社がもしその方針を貫くなら、堂々と歩むことがひとつの主義となり得ます。

ただ、今後ますます大学ラグビーの環境はシビアになり、その方針が高勝率とは相容れなくなるのは間違いないはずで、そこに敢えて好成績を要求するのは矛盾というか、無責任な態度だと思います。信じる理念や哲学があるなら、同好会と揶揄されようと「その道もいいな」と思ってきました。また、逆に学生が全国で勝ちたいと言うのなら、一朝一夕で済まないマジで大変な道ですが、かつて新島襄が歩んだ道を想起しないでもありません。それもいいなと思ってきました。

ただ、学生が勝ちたいと思い、周囲が勝ってほしいと願う力がはたらく限り、おそらくもう後戻りはできないでしょうね。中尾監督、宮本監督、山神監督と続いた同志社の過渡期ともいうべきこの10年。これらの優秀な監督を迎えることができて、同志社は本当に幸いでした。中尾監督が学生主導に敢えて踏み込まれて部の練習文化を軌道修正、そこに宮本監督が同志社展開スタイルを導入され練習の目標を明確化、さらに現在の山神監督の下では、同志社展開スタイル追究を軸に学生・指導陣の資源の好循環システムが生まれつつあります。


同志社はやはり、学生主導!だよん。

新しく、時代に合った学生主導を開拓してほしいですね。たとえかつての学生主導が歴史の1ページとなっても、そのページを読み込めばそこに込められた哲学、それを唱えられた人々が学生に託された思いは読み取れます。学生主導の形は時代や環境に合わせて変わり得るものですが、学生主導に懸ける人々の思いは時代を超えて普遍的です。

・学生は勝ちたい。
・指導陣は勝たせたい。
・同志社世論は同志社の強弱にしか興味がない。

要するに誰もが強い同志社を願っているんですね。であれば欲望を剥き出しに、形振り構わず強化を模索すればいいですね。「勝ち負けだけがラグビーじゃない」はしばらく封印し、再び大学選手権を制覇する時に口にして、敗者を歯噛みさせれば良いです。全盛期の同志社がそうだったように。

帝京-早稲田戦は見事でした。競技能力が他大学の学生を超えている帝京、そしてその帝京を相手にあれだけレベルの高い好ゲームを作ってみせた早稲田。両者は立派だと思います。勝つという欲望に忠実な一方で、勝つための手順は知的に科学的に追究していますね。選手個々の競技能力の向上という、現代ラグビーの本質と謙虚に向き合っています。余談ですが、筑波もおそらく継続して向き合っていますね。立命などは向き合い始めたチームのひとつでしょうか。ただ、時間がかかる粘り腰のプロジェクトなので、緒についたチームには継続力、構想力が問われますね。

早稲田や筑波の競技能力から伝わってくるのは、帝京を追う強い意志です。同志社が本気で競技能力を上げ、安定的に高勝率を目指すならば、選手や指導陣以外の、現場を支える組織力の構築は避けて通れません。大学主導の強化は同志社の場合、期待できないでしょうね。となれば、勝ちたい、勝たせたい、強い同志社が好きの人間たちが強化の主体になるしかありませんね。大学のサポート力は大きいですが、大学が遅れ馳せで参加せざるを得なくなる状況、大学にサポートしたいと思わせる説得力を生むことが必要で、できるできないの事前議論抜きにまずはその主体造りをスタートさせることですね。

では、そのリーダーシップを誰が執るのか。

かつての完全学生主導は本当の意味での学生主導ではなく、周囲から与えられた学生主導でした。いわば箱入り娘的な学生主導、内々で完結する内向きの学生主導であったと思います。

同志社の展開スタイルをより高いレベルで追究し、安定した高勝率を目指すことは即ち、入部した学生の競技能力を上げる取り組みとの戦いです。そのためにはその道筋と構想、予算の全体像を描き、それを基に学内外の協力を仰ぐことも必要となるでしょう。

この外向きの戦いが新たな学生主導になれば良いですね。周囲の大人たちが学生のために何かを用意する発想から抜け出し、周囲の大人たちの協力を取り込みながら、学生自身が主導的に必要な資源を同志社展開スタイルの追究に投入するイメージですね。かつて新島襄が同志社を興したことに通じる、すこぶる同志社らしい学生主導です。成功するか、失敗するかなんてことを考える必要はありません。学生は成功させることだけを考えればいい。学生だから許される、そして学生に自主性の願いを懸け続けた同志社だからこそ許される学生主導です。


「先頭に立つイメージではなく、みんなの真ん中にいるキャプテンでいたい」

秋山君がこのようなことを仰ったそうです。それを聞いた時、心の豊かさと知恵の深さを覗わせる言葉だと感心しました。同志社が本当に大学ラグビー界の先頭集団を追撃するのであれば、学生は従来のように周囲がお膳立てしてくれるのを待つのではなく、学生がみんなの真ん中にいて、同志社と同志社を取り巻く資源を強化に活用する形を模索してほしいと思います。

(了)



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