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2013

10/30

Wed.

2013関西大学Aリーグ関西学院大学戦(10月27日) 

■関西大学Aリーグ  
10月27日(日)関西学院大学戦
■鶴見緑地球技場
■天候: 晴れ
■風: 前半風上、後半は風下
■結果:  D25-12K

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同志社-関学戦を見終えた直後の感想です。

こんなの同志社じゃない。


1987年度の大学選手権ですから1988年初頭ですね。その年に生まれた方は現在25~26歳ですから、現役学生の皆さんは生まれる予定さえなかったころのゲームです。当時の関西リーグは京産大、大体大、同志社の三つ巴の時代でして、その年の同志社は関西を2位通過しました。8チーム参加制だった大学選手権は1回戦の筑波に快勝、2回戦の準決勝は台頭著しい大東文化に競り勝ち、3年ぶりの決勝進出を果たしました。ちなみに、ここを最後に同志社は決勝に進出しておらず、古豪へと至る道を歩み続けます。

決勝の相手は早稲田でした。早稲田が勝てば11年ぶりの大学日本一です。余談ですが、このチームにとっての大学選手権制覇は目標ではなく至上命題です。1976年度の選手権制覇以降も2度決勝進出していますが、声高に早稲田弱体化が叫ばれていました。10年で2度も決勝進出していれば、同志社ではそれなりに腹八分目になりそうですが、彼らの大学日本一への貪欲さはそんなものではありません。

第24回全国大学ラグビーフットボール選手権大会決勝。私はNHKの放送を食い入るように、祈るように見ていました。この時の映像は不思議なもので、全盛期の映像よりも鮮明に脳裏に焼き付いています。早稲田のメンバーには当時マスコミに持て囃されていたスーパー1年生トリオ、SH堀越、WTB今泉、CTB藤掛(以下、敬称略)の他、当時2回生だったNO8清宮の名前がありました。対する同志社は錚々たるメンバーの中に、当時4回生だったNO8宮本、3回生のFL中尾のお名前があります。当時3回生(おそらく)でいらっしゃた山神監督は応援に回っておられたと思います。

後半10分、同志社がFB細川の突破をフォローしたFL中尾のトライでD10-13Wと追い上げましたが、そこからの展開は当時の記事を拝借して紹介します。熱いゲームは記者の筆をも熱くするものですね。記事の文章は平板で退屈なものが多い中、この記事には記者の心がこもっているようです。


 だが、真のドラマはこれからだった。
 勢いづく同大は果敢にバックス攻撃を仕掛け、早大を自陣22mライン以内に釘付けにする。かろうじてキャリーバックに逃れる早大。同大ボールの5mスクラムが約10分間にわたって、計6度も繰り返された。(中略)
 スクラムがそれほど強くなかったはずの同大FWの気迫はすさまじく、早大のスクラムがズルズルと押され、あわや逆転スクラムトライのシーンも。宮本の代わりにNO8に入った武藤のサイドアタックは、わずか50cmに迫った。
 だが、早大のディフェンスは鉄壁だった。スクラムサイドをがっちり固めるとともに、押し切れぬとみて展開に切り替えた同大の攻撃を、CTB藤掛、FB加藤が狙いすましたようなハードタックルで食い止める。
 時計は37分。同大の猛攻をしのぎ、タッチで大きく陣地を挽回した時点で勝負のヤマは過ぎた。「たら・・・」「れば・・・」は勝負に禁物ながら、もし核弾頭の同大・宮本が健在であったなら(前半24分に負傷退場)、その迫力満点の突進力で、局面は違ったものになったかも知れない。
 逆転の絶好機を逸して気落ちする同大に対し、早大は39分、伝統の揺さぶり攻撃で最後は桑島がこの日3つ目のトライを右隅に決めて突き放した。難しい位置からのゴールを今泉が決め、19対10としたところで八木レフェリーのノーサイドの笛。



近くで編み物をしていた奥様が、感動と悔しさにまみれる私に掛けたひと声。その言葉が今なおはっきりと耳元に残っています。

勝てると思わんかったわ

カッチーン!とは来ましたが何も言い返せませんでした。心のどこかで「そうやな」と同感する自分がいたからです。

この早稲田のようなチームが本当に強いチームですね。この場合の「強い」は単純に、全国レベルで強いか弱いかの強さではありません。ラグビーの神様、ラグビー精神からの賞賛に値するという意味合いでの強さでして、結果的に勝率での強さにつながる「強さ」です。好ゲームは2チームで創るものですから、この試合の同志社ももちろん賞賛の対象ではありますが、微妙に異なる色の賞賛であることは避けられません。


こんなの同志社じゃない。

この年度以降も同志社を見続ける中で、いつしか自分の中に、接戦に弱い同志社の印象が定説的にこびりつきました。余談ですが、チーム造りが遅れた昨年は確かに接戦負け続きでした。しかし、そのことと私の「接戦に弱い同志社のイメージ」とは関係ありません。25年の歴史の中で積み上げられた結果の印象です。昨季は最終的に関西リーグ内のどことも接戦できるまでになりました。残念な中にも讃えるべき部分はあったと思っています。



関学戦です。風下の後半は8分にD18-12Kとされて以降、皆さんご存知のように30分以上の長きにわたり自陣釘付け、ゴールラインを背負い続けました。近大戦は見ていませんが、今季の同志社はここまでゴールラインにさほど強くありません。また、定説的に接戦に弱い同志社の印象が自分の中にあります。ですから、「さあ、ここからがホンマの勝負やな」の残り15分が残り10分、5分となるにつれて、「典型的な関学のサヨナラ・トライ&ゴールやな」と思いましたし、実際にそれを口にしました。

もちろん、100%そう思うのではありません。経験的にそうなる確率が高い、今まで何度も祈るように見ながら、その祈りに応えてくれなかった過去の同志社が私にそう思わせるんです。こんなの応援者としては失格ですね。ただ、失格なのは確かですが、何度も心折れしながら「次は・・・」と願い続けてきた人間はこんなものでしょう。もちろん、祈るようにゴールラインの攻防に食い入りました。でも、全面的に同志社を信じることはできなかったということですね。


こんなの同志社じゃない。

この日の同志社はついにゴールラインを守りきり、しかも、最後はその集中力を攻撃に爆発させ、一気の同志社展開スタイルで勝負に終止符を打ちました。1987年度の早稲田と同じですね。今、この文章を作りながら、自分の中の過去の同志社が薄れて行くような気がしています。近年はビデオを繰り返し見ることがなくなっていたんですが、関学戦の後半と最後のトライはスローを混じえて繰り返し見ながら、安井君のトライの瞬間には見るたびに目の周辺を温められています。


試合中に輪島さんが、「負けたら駄目ですけど、この試合で勝ったら強くなります」と仰っていました。その通りですね。立命戦の反省から、ここしばらくは意識の上でもディフェンシブなゲームをされているようです。オフェンシブに行けば当然リスクも生まれます。強敵京産大戦ではどのように調整されるのでしょうか。楽しみですね。親里、頑張って行きます。


次は信じて応援します。

これが同志社だ!

てね。


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Posted on 11:58 [edit]

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