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2010

12/12

Sun.

今季最終戦 

■関西大学リーグ(入替戦)関西大学
今季最終戦でもあるけど、
同志社最初の100年の、その最後の試合でもありましたね。
試合内容の評価なんて、どうでもいいでしょう。

入替戦というのは、精神的に苦しく辛いシーズンを
さらにもうひと絞りして課せられるような試合ですね。
4回生は、前戦で気持ちが一旦切れたように想像しますが、
どうにかこうにか首の皮を残して、同志社を守ってくれました。

卒業される諸君。
本当に有難うございました。
新しいステージでは同志社でのご経験を活かして、
それぞれの人生を楽しんでください。
苦しんだ人間にしか解けない方程式の解というのが、
人生そこら中に転がっているもんです。
くれぐれも「同志社なんてコリゴリ」なんて思ずに、
後輩の復活のために、お力をお願いします。

試合後のサバサバした表情がすごく良かったな。
それまで救われないような気分だったのが、
お陰でパッと晴れて、救われたような気分になれました。
若者が精神的に追い詰められる姿って、見たくないもんな。
オイラは去年の村上主将でマジで「二度とごめん」と思ってたのに、
今年も見ちまったい。
そんな自分がつくづく情けなく、腹立たしい。



さあ、来季は次の100年のスタートですね。
同志社ラグビーは、取り巻く人々に喰い尽くされて、
たぶんもう瀕死なんだと思う。
「もう食うとこねえから、止めてくれよ」
そう喋れたら良いんだけど、
同志社ラグビーは、ただ涙を流してるだけなんだな。
そして、その涙はきっと毎年の4回生なんだ。

オイラを含めておとなたちは鈍感だからね。
もう食えるところが無くなってるのにも気付かず、
同志社ラグビーを喰うことを止めないんだ。
まるで餓鬼のようにね。


ただ喰うのを止めて、同志社を育てよう。
PCの前に噛り付くのはモチいいが、それだけじゃなく、
競技場に評価しに行くのもモチいいが、それだけじゃなく、
少しでも早く同志社が回復するように、
考えよう、行動しよう、運動しよう。

他とは違うぞ。
「さすが同志社」の矜持を見せようじゃないか。


しつこいようですが、
同志社ラグビーには食えるところが残ってませんぜ。
理論、指導力、政治的突破力、独創性、積極性、行動力、人材収集力、
情報収集力、交渉力、カネ、練習用精神力、精神文化、自立力、etc.
おそらくどれもこれもがスカスカだ。
だから、「あいつが悪い、こいつが悪い」を延々と続けられ、
裏返しで「言い訳」をいくつでも列挙できるんだね。


こんなのはパーツを変えて安心、知らんぷりじゃ駄目だ。
全体を意識しながら、環境内の人間が一体で機能しないとね。
先輩-後輩関係にがんじがらめのDRCに、
失礼ながら劇的な改革が可能なんだろうか。
たとえ可能でも、スピード感は限りなく遅くて、
昨日の応援旗が林立する関大に逆転される日に
間に合わないんじゃないだろうか。
大学、学内組織、DRC。
今、同志社ラグビーを救えるポジションに一番近いのは、
意外に同志社ファンなんじゃないのかな。

DRCと同志社ファンが協力する。
そして一致団結して、熱く同志社ラグビーを再プロデュースする。
それが一番の早道でねえでゲスか。




見て、見て。
かつて30年前に大活躍した横断幕だよ。
DSN Photographerさいたま69さんに、
グラウンドから撮影していただきました。
グラウンド撮影はもちろんDSNが、
関西協会のご理解、ご協力をいただいてます。
20101211_131.jpg























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Posted on 19:36 [edit]

category: 観戦レポート

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2010

12/10

Fri.

DSN(Dサポートネットワーク)とは② 

茶々様である。
この方はかつて音研の五賢帝とならされた方で、
同志社ご卒業後しばらくして、
同志社の強化から選手権初優勝そして全盛期と、
五賢帝のお仲間を中心にどっぷり浸かられた方である。

今季、その茶々さんが「もう、やーめた」と、
掲示板を通して、ご自身の収蔵品の譲渡を提案された。
ダボハゼは釣り上げられてナンボである。
見た瞬間、即私はそのご提案に喰い付いた。

幾度かのメールの遣り取りをさせていただく中で、
Dサポートネットワークのことを説明した。
いや、DSNの説明というより、自分の決意表明、
簡単に言えば「わしゃ、あきらめませんで」というものだったかも知れない。

収蔵品を送っていただけることになった。
既に第3弾まで送っていただいて、今日は第4弾が届く。
さらに第5弾まで一旦続いて、後半はDVDをいただける予定だ。
本来なら取りに上がるか、着払いが常識であるが、
有り難くも送料をすべてご負担いただいている。
また、五賢帝の皆さんにもご手配いただいて、
見ず知らずの人間のためにビデオテープのDVD化に取り組んでくださる。
さらに収蔵の写真類も集めてくださるとも聞く。

発足間もないDSNは、既存の硬直的ないわゆる「組織」ではない。
コアの常時活動部分があって、
その考え方や行動に共感された人々が、
単なる共感ではなくて、一歩行動を起こされるとき、
その方はたとえ回数限定でもDSNの一員になっていただいた。
そういうものだと考えている。

だから、既存の同志社ラグビー関係組織、
たとえばDRCやDRFCや後援会などどこに所属さをれようとも、
ご自身が「DSNだ」を意識して実際の行動とられれば、
その方はDSN、あるいはDSNの一員なのである。

オイラはそういう自分の考え方に従って、
「茶々様もDSNだ」と勝手に思っている。
が、しかし、私の思いとは別のところで、
同志社大学音楽研究会の小応援部隊の解散式が、翌1月に行われる。
30年続いたものが、消えるのだ。
一旦であることを願いはするが、それは部外者の浅い思いであって、
後述するような彼らの思いの深さを見るにつけ、
永遠の決別であるように拝察される。


第2弾を送っていただいたときのことだ。
そこには80年から85年辺りまでの、
驚くべき詳細な資料が納められていた。
また同時に、手書きの2つの横断幕も同梱されていた。
ひとつは選手権V2に向けてのもので、
もうひとつは「GOGO同志社」と墨書きされたものである。
この横弾幕はNHKの土門アナが、
中継中に「GOGO同志社」と言ってくれた
記念すべきフラッグだという。

それらの膨大な資料と古びた手書きの横断幕を手にとったとき、
目頭に思わず熱いものがこみ上げて来た。
自分を筆頭に、ネットでガス抜きをする人間は五万といる。
だがその中に、
これだけの綿密な資料を粘り強く保存し、
初期の後援会を大事に大事に育て上げ、
現実の行動を続けられた、
彼らのような人間がどれだけいるだろう。

「そう言わんと応援を続けましょうよ」
こんな軽口は恥ずかしげに胸の奥に退散するのである。



オイラは80年代初頭の全盛期は、
さほど同志社ラグビーに入れ込むことはなかった。
だから、全盛の薫りはスポーツ新聞程度にしか知らない。
入れ込み始めたのは、はっきり言って弱くなってからだ。
だから、同志社への妄想と現実との乖離にずいぶん苦しんだ。
そのためにいつかは「同志社ラグビー」を謎解く、
そのための資料が欲しいと思っていたのだ。
また「紺グレの誇り」についても紐解きたいと思っていた。
おそらくこれらの膨大な資料は、そのことに役立つだろう。

茶々様やお仲間の方々が行動して来られた膨大な証。
この証は結果として即ち、同志社の誇りの証ともなっているようだ。
「同志社の誇り」は結局言葉で伝えられるものではなく、
これらの資料群が持つ意味と力は大きい。
大変な作業ではあるが、受け継いだ者の責任として、
これらの資料を公開して行く。


資料群にほんの少し目を通しただけだが、
即座に間違いなく指摘できることが、ひとつある。
それは後援会報やDRCだより、同志社タイムズなど、
同志社を取り巻く環境のメディア(紙媒体)が、
非常に行動的で熱かったことである。
メディアが熱かったということは、
同時期、同空間に棲んでいた人々が熱かったということである。
同志社大学ラグビー部はかつて、
否定しようのない事実として、「同志社の代表」だったのだ。

沸騰するかのような人々の熱さに支えられて、
部員自身も自然に熱くならざる得なかった。
そんな構図が見えてくる。


批判ではない。だが明らかに、
現在の同志社ラグビー関係メディアは冷めている。
それはなぜか。
すべての人が冷めているからに他ならない。

メディアと言えば、マスコミの取り上げ方を嘆く方がいる。
失礼ながらそれは本末が転倒した嘆きである。
同志社ラグビーを取り巻く環境が熱ければ、
マスコミも寄って来るものだ。
マスメディア以前に、
取り巻くミニメディアさえもが、
行動的、戦闘的でなくなっているとは言えないか。

部自身が明確に「強化」へ舵を切り、
周囲の人々の熱を、ミニメディアがさらに遠方へと伝える。
そんな正のスパイラルを再構築しようではないか。
言い捨ての場で「ああだ、こうだ」も結構だが、
まずは部の周辺から盛り上げて行く知恵と行動が、
今こそ各人に求められているのではないか。
DSNはまだヨチヨチながら、
確実に行動の可能性を追究して行きたいと思う。



さてさて、明日の入れ替え戦。
多少の用事は排して、ジジバは宝が池に集まろうではないか。
一般学生の諸君も数時間だけ、
明日は同志社大学ラグビー部に喜捨していただきたい。

もし天候に問題が無ければ、
茶々様のご了解を得られたので、
「GOGO同志社」の横断幕を飾ろう。

100年の最後を入れ替え戦で終わるのだから、
次の100年の始まりに相応しい横断幕と思うのである。

Posted on 10:08 [edit]

category: DSN

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2010

12/09

Thu.

DSN(Dサポートネットワーク)とは① 

入れ替え戦回りの決定を受けて、
先週、田辺の校門前で応援ビラの配布を計画した。

田辺Gや競技場に出向かわれた方ならお分かりだろう。
同志社の観戦に訪れるのは、ほとんどが年配者だ。
選手と同期と見られる一般学生の姿は圧倒的に少ない。

友人・知人など同期の学生の応援は、
部員にとっては同じ時代、同じ世界に住む住人からの応援である。
強い弱いの評価よりも、「同じ」を共有する者への純粋な応援が優先する。

「同じ」とは何か。
日々日常にあるキャンパスの風景であり、雰囲気であって、
観念的な同志社ではなく、具体的な同志社そのものである。
ラグビーを試合で闘う学生たちにとって、
この応援が持つ意味は想像を遥かに超えて大きいはずだ。
なぜならその一瞬、彼らは現同志社の「代表」だからである。


年配者は良かった時代を知っている。
だから、評価をする。
時として評価を越えて、選手の戦術の選択にまで大声で反対する者もいる。
そこまで行くとレッドラインを踏み越えていると思うが、
しかし、「評価」はラグビーを楽しむ者の醍醐味だから許されるだろう。
ラインを踏んで、足先が赤くなっている御仁も、
おそらく理想と現実の処理に混乱してのことで、
そうなってしまう気持ちは分からなくはない。


自分を含めて年配者の観戦者、応援者をジジバと呼ぶ。
ジジバは若き日の甘い思い出があるだけに、
どうしても目の前の若者たちに厳しい。
目を凝らして選手の動きを観察し、評価の材料を探すのである。
輪島ライターのようにプラスの材料を探す人も中にはいるが、
そのほとんどはネガティブな方向に向かう。
負のスパイラルという言葉があるが、
ジジバはそのスパイラルを「嘆き」で加速させているのだ。

ジジバは思っている。
「今ここで自分が応援しなくて、誰が応援する!」
負のスパイラルの中では金色の大正論、まったくその通りだ。
だから、部の関係者だれもがジジバに感謝の言葉を発する。

だが、どうだろう。
果たしてそうだろうか。
確かに学生たちはジジバに感謝はしているだろう。
だけど、ジジバの応援で学生のモチベーションは上がるだろうか。
若者の湧き立つエネルギーが、ジジバから引き出されるだろうか。

答えは間違いなくNOである。
息を呑むようにパフォーマンスを見つめられて、彼らは評価される。
「もっとラグビーを楽しめ」というもっともな意見が出るが、
そんな環境の中で楽しめるはずないじゃないかとも思えてくる。

ジジバは彼らにとって、既に異なる世界の異邦人である。
異邦人に期待されてもモチベーションは弱い。
同邦人に期待されてこそ、練習で追い込めるのだ。
だって、同胞の期待を前に恥をかきたくないじゃないか。



ここまでが入れ替え戦決定の後に考えたことだ。
誤解があってはいけないが、
オイラもジジバなので、ジジバの応援を否定するものではない。

偉そうに「紺グレの誇り」を口にしたことがある。
「どうしてその誇りを現役後輩に伝えられないのか」と思ったからだ。
だが、オイラは間違っていた。
紺グレの誇り、同志社の誇りなど、
それは過去の甘い思い出があるジジバだから理解できることであって、
いくら学生に文章や言葉で説いたところで、
なんとなく想像はできても、到底理解できるはずがないのだ。
もし「私には分かります」という学生がいたら、その学生はおかしい。
「なんとなく想像できる」を「分かった」と誤解しているに過ぎない。



部員たちが「紺グレの誇り」を取り戻すことと、
彼らが「同志社の代表」を意識することとは同値である。
その場合の「同志社」は、
ジジバがイメージするような歴史的、観念的な同志社ではなく、
部員が日常を過ごす具体的な「同志社の今」である。
それは即ち、「一般学生そのもの」だ。

「今、ラグビーの人気は無いからなあ」
「最近のキャンパスは冷めてるからなあ」

自分を含めてジジバお得意の「評価」には、
もうお腹いっぱいでゲップ(失礼)が出る。
「評価」で同志社を食い尽くすより、
ジジバも「食える同志社」を再興する生産行動に出るべきだろう。


今回の「応援ビラ」は、
関係者の「入れ替え戦で・・・・・」という、
複雑な心境に配慮して実施しませんでした。
しかし、オイラの独断は許されませんが、
DSNの行動のひとつとして、
来季は粘り強く挑戦してみたいと思っています。

まずは取っ掛かり。
動いていれば、人のネットワークが広がるもんです。
Dサポートネットワークですね。

「やってもやっても学生の姿が増えなかった」
そのときは笑ってやってくださいね。



























Posted on 10:53 [edit]

category: DSN

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